番外編 俺みたいになるな!! 研究で後悔したこと

2018年5月27日 12:00 カテゴリ:兀橋のアミノ酸分析奮闘記

こんにちは。いつもこのブログを読んでいただきありがとうございます。

まもなく20話に突入しますが、ここらへんでエピソードとは別に、修了してみて後悔したことをお話ししたいと思います。

「事業が成功した人」や「研究者として自立した人」の話を聴く機会は、よくありますが、「失敗した人」や「後悔している人」の話はあまり耳にしません。

いい話を聴くことも大事ですが、失敗談を話して、"なぜ失敗したのか"を学ぶ機会も大切です。

私は、「大人や上の世代に立った人間は、いい話だけでなく失敗談も伝えて、下の世代の人間が同じような失敗を繰り返さずに、さらに次のステップにむけて進めるようにサポートすべき」だと考えています。

このブログをきっかけに、私のような後悔を味わうことのない人がひとりでも増えれば、嬉しさも一入です。

さて、

学生のみなさん、大学院を修了する前に、ぜひ論文を投稿しましょう。

え?どした?

なんで急にそんなことを言うの?

と思わない人はいないでしょう。

「論文を書いていないくせに、偉そうなことを...。」

と思う人もいるかもしれません。ごめんなさい。反論はできません。

私は大学院で論文を書かなかったこと、受理されなくとも挑戦しなかったことを後悔しています。

このブログを読んでいる学生さんには、同じように後悔してほしくないのです。

だから、論文投稿にチャレンジしていただきたいです。

なぜ後悔しているか。

結論から申し上げると、論文を投稿することの意義がわかってきた(ような気がする)からです。

きっかけは、今年の3月(修了直前)の北海道出張でした。

現地では、アミノ酸の窒素同位体比の研究者達と白熱した議論をするとともに、「論文を投稿すること」が、どれほど重要かつ責任があるのかを教わりました。

投稿した論文に関して、

「おもしろい!」と感じてくれる人あらば、その続きのサイエンスを進めてくれるかもしれない。

「間違っている」と思う人あらば、解釈を訂正して、正しい方向に導いてくれるかもしれない。

いずれにせよ、サイエンスが発展していくでしょう。

しかし、世に発信しなければ、そのサイエンスはそこで終わってしまう、あるいは、誰かが同じことをしてしまう(二度手間になる)。

そんな無駄なことをしても良いのだろうか。

だからこそ、論文を書くことが大切なんです!!!

(もちろん、なんでもかんでも出せばいいってもんじゃないです)

さらに、論文投稿の意義を理解したもうひとつの理由は、その北海道で先輩におススメされた酒井聡樹氏の書籍「これから論文を書く若者のために」を読んだからです(修了してから読みました)。

本書籍から抜粋いたしますが、印象に残っているフレーズをいくつか紹介します(ほかにもたくさんあるので、ぜひ読んでください)。

「修士論文を書いただけでは、学術の世界では何も残らない。」

2年間努力してきた研究を論文にしないと、そのままお蔵入りして、学術的には無になる可能性がある、と筆者は述べていますが、まさにその通り。

修了してしまえば、本人が論文を書くチャンスが激減するので、指導教員が書かざるを得ない状況になります。でも、先生方はそんなに暇じゃない。新たな学生の指導や自身の研究などがあるので、修了した学生の論文を書く時間は、ほぼカイムさんです。その悪循環が続き、研究がどんどんお蔵入りしていくのです。

私は、大学院の2年間でとても成長できたと感じていますが、結局は自己満足なのではないか、修士であってもひとりの研究者として、サイエンスに貢献できていないのではないかと感じています。

「お金さえ払えば、修士なんて誰でもとれる」という人もいました。でも、そんなの嫌ですよね。

「多くの人的・物的・金銭的支援があったからこそできたのだ。あなたはそれに報いる必要がある。」

これは、かなり心に響きましたね。特に私の研究は、かなりの人的・物的・金銭的支援があったからこそ、成立していました。言葉や態度で、感謝の意を示してきましたが(それもすごく大事ですが)、その支援に対して報いるには、「論文投稿」が最上位です。私は、いくつかの学会で発表しましたが、「論文投稿」というカタチで感謝の意を示すことの意味を分かっていませんでした。非常に悔しいです。

もし、「学費を払っているからいいじゃないか」という人がいれば、本書籍の第2章「なぜ、論文を投稿するのか」をお読みください。きっと、考え方が変わるはずです。

修了したので好きなことを言いますが、"大学院"という研究の質を上げる環境において、修了するために必要な見せかけの(なにも力にならないような)単位を取る講義よりも、研究の学術的意義を教示し、「論文投稿」するための講義があるべきなのではないかと思います(私の修士課程ではそのような授業がなかったので)。

分野によって、多少違うとはいえ、「なぜ論文を書くのか」、「どうやって書いていくのか」、「何がいけないのか(不正論文なのか)」、「アブストってどうやって書くのか」、「論文投稿までのプロセス」などの共通項目を授業に取り入れるべきなのではないでしょうか(博士後期課程ではあったりしますか?)。

指導教員に「論文を書こう」と漠然と言われても、論文ついて"何も"知らない学生が「はい。書きます。」とはならないと思います。もっと教育体制も改まるといいですね。

論文を書くことの意義を学ぶ機会があれば、自発的に「論文書きたい」という学生も増えるんじゃないでしょうか。

今回は、学生さんに向けて、「論文を投稿して」とばかり言っていますが、私自身が書いていないので説得力がないと思います。

しかし、私はすでに社会人として、働いているので、学生のみなさんよりも、時間は確保できません。

先ほどの書籍の筆者である酒井氏は、「就職した後に、仕事の傍ら投稿論文を書くことなど不可能である」と述べています。

確かに、就職してから、7:00~19:00(通勤時間を含む)は、ほぼ自分の時間がない日々を過ごしており、帰ってきても、すぐ眠くなります。睡眠時間やごはんを考慮すると、自分の時間というのが、2時間程度でしょうか。資格の勉強だったり、読書だったりやりたいこともあるので、時間を確保するのは難しくなってきました(ブログなんて書いてないで論文書けよって感じですね笑)。

だからこそ学生のうちに論文を書いてほしいです(完成しなくてもある程度カタチにしておく)!!

社会人になって、後悔してほしくない。

ただ、私の指導教員に比べれば、時間がないとは言えません(笑)

幸いにも、私は子供もいないし、結婚もしていないので、比較的、時間を作り出しやすい環境でしょう。

私もしたいです。

時間に関しては不安しかありませんが、お世話になった人達に、報いたいです。

やるしかないのです。

神様がこの世に唯一与えてくれた平等なことは、「時間」です。