深海生物の生態系

深海という極限環境で生物はどのように暮らしているのか?深海生物の生態を一つずつ解明していく.

古生物系研究室なので,地球科学的な視点や解析をふんだんに取り入れて研究している.

海底に井戸と窓をつくるキヌタレガイ -アナガッチンガー物語-

我が研究室のヒット作(!?)とも言える深海巣穴型取り装置「アナガッチンガー」が深海底で生きるキヌタレガイ(二枚貝)の巣穴の型取りに成功しました.深海巣穴研究の新境地を切り拓きました.

このときの研究航海の模様を「アナガッチンガー物語」として読み物としてまとめていいますのでお読みください.

ただ,ところどころ爆笑してしまうところがあるので電車の中では読まない方が良いです.

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金属うんちを持つエビ 熱水噴出孔に生きる

研究室のヒット作第2弾とも言うべき研究.

インド洋の中央海嶺の熱水域に生息するリミカリスという熱水エビ.このエビのお腹の中にはたくさんの金属が含まれていた.いったいなぜ?共生しているバクテリアと関係があるのか?研究すれば研究するほど深まる謎.現在M1が研究中.

「金属うんちだけじゃないぜRimicaris

インド洋の熱水噴出域ではRimicaris kairei(和名:カイレイツノナシオハラエビ)という種のエビが各サイト数万匹単位で生息しています(図1).このエビの中でも特に何に着目しているかというと「鉱物」です.「エビ」と「鉱物」という単語が結びつかない方も多いかと思いますが,不思議なことにこのエビの体表や消化管の中には金属を含んでいる鉱物が多く見られるのです.なぜ金属をお腹に貯めたり,体表にまとったりしているのでしょうか?「金属うんち」というパワーワードはロバート先生のTwitterなどで目にした方もいるかと思いますが,今からの話は一般の人にはあまり知られていない体表の方の鉱物になります.

6K1458INa0068_low.jpg図 1.インド洋Kaireiフィールドの熱水噴出孔.海底から伸びるチムニーを覆う白い生物はほぼ全てRimicaris kaireiです.えげつない数です.気持ち悪いですね... 出典:JAMSTEC深海映像・画像アーカイブス(http://www.godac.jamstec.go.jp/jedi/j/index.html,画像ID: 6K1458INa0068)

Rimicarisは頭胸部と呼ばれる頭の部分が膨らんでいるのが大きな特徴です.正確には頭胸部の殻が膨らんでいて,その中に主要な栄養源となるバクテリアが住むための空間(ギルチャンバー:エラ(gill)がおさまっている空間(chamber))ができています.おもしろいのは,ここに住んでいるバクテリアが代謝の過程で周囲の溶存元素を鉱物として沈殿させる(と考えられている)のですが,個体によって沈殿している鉱物が茶色だったり黒色だったりするのです(図2).そもそも,鉱物が体表に沈殿していること自体,体が重くなり,かつバクテリアの生育にも悪いはずで,かなりおかしなことです.ギルチャンバーはRimicarisの栄養を担う大事な大事なバクテリア飼育空間のはずなのに,なぜこのような違いが見られるのでしょうか?ここがどんな環境で,どんなバクテリアが住んでいてもこの子たちは問題ないのでしょうか?Rimicarisがギルチャンバー内の環境を自らコントロールしているのか,もしくは放牧のようになるがままにしているのかわかりませんが,熱水域でのRimicarisの大繁栄を見ると,この不思議な特徴はRimicarisの 生存(栄養)戦略の柔軟性の高さを示している気がしてなりません.

black and brown Rimicaris_low.jpg図2.黒と茶のRimicaris(上図,側面)とギルチャンバー断面(下図).下図の飛行機の羽のような部分がギルチャンバー内に水流を生み出す扇状の脚です.この脚表面と頭胸部の殻内壁からバクテリアが生えていて,黒もしくは茶の鉱物が沈殿します.ちなみに, この図に示している断面は,Rimicarisを樹脂包埋して作成した薄片です.ふつうは生体の軟組織と,鉱物とを切断して薄片にするのは大変難しい(やわらかい部位と硬い部位が混在しているため)のですが,田尻・藤田(2013) による樹脂包埋手法を利用して,このようなきれいな薄片ができたのです.

Rimicarisの生存戦略を考えるには黒と茶の個体のギルチャンバーでそれぞれ何が起きているのかを知る必要があります.残念なことに長期飼育が現段階では難しいことや,現場での観察に限界があることから,生きている試料のギルチャンバー内の環境を調べるのは難しいです.フランスチームは大西洋のRimicarisを深海の圧力のまま船上にひきあげて各種実験をやっているようですが,いま我々の手元にあるのは既に息絶えてしまったRimicarisだけです.となると亡骸から生前の姿を想像してやるしかありません(検死官みたいですね).そこで重要な遺留品が鉱物とバクテリアのDNA(死後も残る)となってきます.鉱物の原子レベルの構造や含有元素,元素の化学状態は,形成時のギルチャンバー内の化学環境の情報(pH,Eh,存在元素など)を,バクテリアのDNAの塩基配列は微生物の種類と代謝についての情報を保持していると考えられます.沈殿を引き起こした(であろう)バクテリアの情報と,実際にできた鉱物との両者を調べることで,より正確にそれぞれのギルチャンバー内の環境を推定していこうと思います.いったい何が起きているのでしょうか.ここから,他とは違うRimicarisの特殊な共生関係の一端や,生息環境の限界などが見えてきたらおもしろいなと思っています.

今回金属うんちについては触れませんでしたが,そちらもまだまだたくさんの謎が残っております.これについてはまた今度詳しく紹介したいなと思っていますので,次回にご期待ください.

研究に関して何か聞きたいことなどありましたら,彦坂(asam.okih@gmail.com)までご連絡ください.まだ知識の幅が狭いので,手法のアイデアなどあればそちらも大歓迎です.

(2018/11/07 文責:M1彦坂柾成)