竜骨群集

死んで海底に沈んだクジラの遺骸は深海底にオアシスをつくる.

その巨大な有機物は腐敗するが,その腐肉を食べる生物たちが群がる.


それだけではない!

腐敗過程で生じた硫化水素をエネルギー源とする生物も養われるのだ.こういった鯨類遺骸の腐敗過程に形成される生物群集を「鯨骨群集」と呼ぶ.

硫化水素と言えばメタン湧水や熱水といった深海の超極限環境である.クジラの遺骸の腐敗が作る環境は,そのような極限環境と類似の環境なのだ.

それだけではない.熱水生物などの深海極限環境に生息する生物の進化史を編んでみると,実はクジラの腐敗環境への進出が深海に進出する鍵だったようなのだ.

鯨類が海洋に進出したのは約5000万年前の古第三紀始新世だ.では,それ以前はどうだったのか?実は,爬虫類の遺骸が鯨骨の代わりをしていたことがわかってきた.竜骨群集である.

巻貝からなる竜骨群集

図.北海道羽幌町の白亜系コニアシアン階から産出した首長竜化石の近傍から化学合成巻貝(腹足類)が多数産出した.青点が巻貝.図はKaim et al. (2008)を改変.

首長竜の骨に生えたバクテリアマットを摂食する巻貝(ハイカブリニナの仲間とシンカイサンショウガイの仲間).

私の大学院時代の棚部先生(東京大学名誉教授)が,白亜紀に生息していた首長竜の胃内容物の調査に北海道大学の標本を観察したとき,骨化石の周囲に多数の腹足類(巻貝のこと)化石があることを発見した.これは首長竜がこの巻貝を食べていたことを示すわけではない.仮に食べられたとすると,貝殻は胃酸などで溶けてしまうため,化石に残らない.ではいったい何か?

よくよく巻貝を観察してみると,北海道小平町や中川町の白亜紀メタン湧水堆積物から産出するハイカブリニナ科の巻貝とそっくりです.ハイカブリニナ科と言えば,現在のメタン湧水でバクテリアをパクパク食べている巻貝だ.同じグループには共生細菌を持つアルビンガイなどもいる.

我々は骨の切片などを切って顕微鏡で観察したところ,骨には直径μm,長さ100μmに達する虫食い痕が無数に残されていることを見つけた.我々はこれらの微小な虫食い痕がバクテリアによるものだと考えている.ハイカブリニナ科の巻貝は,このような首長竜の骨に生えたバクテリアマットを食べていたと推定した.これが,世界ではじめての首長竜遺骸からの化学合成群集の発見である.

ここまでの成果はKaim et al. (2008; Acta Paleontologica Polonica)にまとめてある.

竜骨群集に化学合成共生生物はいたのか?

竜骨群集の復元画(全体).骨にはバクテリアマットがたなびいている.バクテリアマットを摂食していたと考えられる巻貝と酸化還元境界を好むキヌタレガイとハナシガイが遺骸周囲の堆積物中に生息していただろう.

首長竜遺骸の周囲に形成された酸化還元境界付近に好んで生息していたと考えられるキヌタレガイとハナシガイの仲間.

上記の竜骨群集として報告したハイカブリニナ科の巻貝は,バクテリアを体内に共生していないと我々は推定した.では,シロウリガイやキヌタレガイのような化学合成細菌(イオウ酸化細菌など)を細胞内に共生させた生物はいなかったのだろうか?

その後,いくつか追加事例が出てきてハナシガイやキヌタレガイの仲間などの細胞内に化学合成細菌を共生させていたものが産出しているとの情報(3例)がもたらされた.首長竜化石をクリーニングしているときに産出したというのだ.化学合成共生生物も竜骨群集のメンバーだったのだ.

ちなみに,一連の復元画は「東大古生物学-化石からみる生命史-」(東海大学出版会)に掲載した図の最新版だ.

 

ひとつ疑問がある.首長竜が白亜紀末期(約6600万年前)に絶滅してから鯨類が海洋に進出(約5000万年前)するまでの約1600万年間のギャップである.この間,竜骨群集に類似の群集は存在しなかったのだろうか.よくよく考えてみれば,メタンや硫化水素が生成されればどんな生物の遺骸でも良いはずなので,基本的には脊椎動物遺骸であればすべての生物が,竜骨群集や鯨骨群集を養うことができるだろう.私がもっとも可能性が高いと睨んでいるのはウミガメである.ウミガメは白亜紀末の大量絶滅を超えて生き延びており,このギャップをつなぐ代表的な遺骸のソースだったと思う.

情報提供のお願い

竜骨群集の研究はまだまだはじまったばかりだ.首長竜に限らず,海に流れ込んだ恐竜の遺骸にも竜骨群集が成立するかもしれない.ぜひ,骨や骨の周囲についた軟体動物(軟体動物以外でも環形動物や節足動物など,不思議に思ったらご連絡ください)の化石を発見したらご一報いただきたい.ギ酸に浸けこんだり(殻が溶ける),貝をゴミだと思って削ってしまわないように注意されたし.一緒に竜骨の死後の世界を研究しましょう!

関連論文

Kaim, A., Kobayashi, Y., Echizenya, H., Jenkins, R. G., and Tanabe, K., 2008, Chemosynthesis-based associations on Cretaceous plesiosaurid carcasses: Acta Palaeontologica Polonica, v. 53, no. 1, p. 97-104.

ロバート・ジェンキンズ, 2012, 第7章 化学合成生態系-深海のオアシスにすむ生物の変遷-, 東大古生物学 -化石からみる生命史-,編集 佐々木猛智,伊藤泰弘編著.